コミック『涼宮ハルヒ』4巻限定版と『新興宗教オモイデ教』のとりあえずの感想?
※コミック『涼宮ハルヒの憂鬱』第4巻限定版を買ってきました。
特典のフィギュアについては……いとうのいぢさんver.という点に関しては判断つかないんですけそ(汗)、 500円のBOXフィギュアよりは一回りサイズが大きめで顔の表現もこのサイズとしてはちゃんと出来てますので、 それなりに良い感じかなと思います。目がちょっと濃い?
肝心のコミックについては前巻で『退屈』『笹の葉ラプソディ(アニメでは未消化)』を消化したのに続き、 今回は『ミスティックサイン』『孤島症候群』を描かれてます。
また今回も前巻と同様にオリジナルエピソードが挿入されてますね。 今回のは『ミスティックサインおかわり』という後日談的なエピソードです。
連載は『Canvas2』連載が終わった昨年春より月刊『少年エース』 を購読してなかったので全くチェックできてませんでしたから、 既に小説で読んだりアニメで見ているエピソードの合間にこういったオリジナルエピソードが挟まれるのは個人的には中々の楽しみになります。 今回も原作の雰囲気が上手く引き継がれてますしね。
(オリジナル原理主義者だとこのオリジナルな話をどう判断するか微妙かもしれないけど)
◇『コンプティーク』をやっと購入。 今月のは8日発売でしたから9日(土)には広島でも店頭に並んでたみたいですけど、 ウチはこの土曜は休暇で家に居ましたから(汗)。
記事については、オーガストの『フォーチュン・アテリアル』関連では目新しい情報は無し。 他は既にまとめられている方が取り上げている通りですね。
『ef』の《雨宮優子アフター》は寝る前に読みます。
◇『らき☆すた』は先日やっと(バックナンバー取ってる)『コンプエース』隔月発売時だった頃の分を読みました(汗)。 実はアニメを見るまでホントにこのマンガを(連載誌を買ってたにも拘らず)ノーチェックだったんですよ(肩身が狭い)。
しかしなんでスルーしてたんだろうかと今更ながら思ってますね…… (色々と雑誌を買っても消化し切れてないからかも)。
◇原典である大槻ケンジさんの『新興宗教オモイデ教』をやっと読了。
刊行時は先駆的だったのかもしれませんが、 もうかなり昔の作品であるためにライトノベル系ではどこかで見たことのあるような要素が組み込まれているという感想しかなかったかも。
確かにこの1冊で『オモイデ教』に関する出来事は全て片付いてはいるのですが、 やや自主性のない主人公の少年が、ちょっとした非日常に触れてしまい、 やや自主性のないままに関わっていくと、なんか導かれるままに過ごしているという感がありました。
ただ最後には決断はするのですけど、それはしかしながら非日常との決別、日常への回帰でしかない。
とはいっても読後感に何か引っかかるのは、 日常に帰ってきたといっても『オモイデ教』と関わったという事実があることで、 消せないオモイデとなってしまったからなのかもしれない。
それに特殊な力である「メグマ波」は主人公の手元に残っているし、 メグマ使いを管理しようとする対抗組織「桜の光」も存在している (更にはその影のスポンサーである政治家を謀殺してしまった)事からいつ追っ手が着てもおかしくない状況、 そして一連の出来事の多くで一緒に行動した「中間」が遠くで健在らしい事も、 この1冊だけでは「オモイデ教の事件」はまだ終わっていないと感じさせてしまいます。
『外伝』は『原典』の後のエピソードと位置づけられますが、 オモイデ教よりもその対立組織「桜の光」が深く関わっていますね。 特に幾人かの人物が両作品に顔を出してます。 改めて『外伝』を読むことで両作品がどう結びついているかもう少し見えてくるかもしれません。
(この作品の多方面への影響というのは、恐らくは主人公の内面についてなのかもしれないけど、 その内面性については古い作品という新鮮味の無さが祟ってしまい、 いくつかある事例のひとつというように特段な印象は感じませんでした)
また大槻ケンヂさんがミュージシャンでもある事から、 電気グルーヴの二人が静岡でインディーズ活動していた時みたいなハチャ目茶なロックという要素が 中間とゾンという人物によって再現されているというような部分も見て取れますね。
ともかく『原典』を読んだので、改めて『外伝』を読めばもう少し何か見えてきそうな気がします。
※「桜月常逸」「Z」など、『外伝』を読んだ時に『原典』でも登場していそうな人物は見受けてましたが、 次に『原典』を読んでみると「オモイデ教」が 『外伝』における「桜の光」のような官僚組織的な組織に成り下がっていた事などの他は、 「ゾン」「拝み屋ジョー」という人物が2作品のミッシングリンクかと思ってました。
しかし再度『外伝』を手にとって見たら、 ひらがなか漢字かでどうも記号的にしか見てなかったらしく、 同一なのに別々にとある人物を見ていたことに気付き、 「何で今頃やっとこんな重要なものがorz」と自分の読解力の劣化振りに失意してしまいました(汗)。
また『原典』での主人公のその後も『外伝』で少し触れられてたんですね(滝汗)。
そんな感じなので、2度目の『外伝』ではもう少し丁寧に意味合いを読み取るようにしないと、 何も気付かないままにまた読み終えてしまいそうですね……。
特典のフィギュアについては……いとうのいぢさんver.という点に関しては判断つかないんですけそ(汗)、 500円のBOXフィギュアよりは一回りサイズが大きめで顔の表現もこのサイズとしてはちゃんと出来てますので、 それなりに良い感じかなと思います。目がちょっと濃い?
肝心のコミックについては前巻で『退屈』『笹の葉ラプソディ(アニメでは未消化)』を消化したのに続き、 今回は『ミスティックサイン』『孤島症候群』を描かれてます。
また今回も前巻と同様にオリジナルエピソードが挿入されてますね。 今回のは『ミスティックサインおかわり』という後日談的なエピソードです。
連載は『Canvas2』連載が終わった昨年春より月刊『少年エース』 を購読してなかったので全くチェックできてませんでしたから、 既に小説で読んだりアニメで見ているエピソードの合間にこういったオリジナルエピソードが挟まれるのは個人的には中々の楽しみになります。 今回も原作の雰囲気が上手く引き継がれてますしね。
(オリジナル原理主義者だとこのオリジナルな話をどう判断するか微妙かもしれないけど)
◇『コンプティーク』をやっと購入。 今月のは8日発売でしたから9日(土)には広島でも店頭に並んでたみたいですけど、 ウチはこの土曜は休暇で家に居ましたから(汗)。
記事については、オーガストの『フォーチュン・アテリアル』関連では目新しい情報は無し。 他は既にまとめられている方が取り上げている通りですね。
『ef』の《雨宮優子アフター》は寝る前に読みます。
◇『らき☆すた』は先日やっと(バックナンバー取ってる)『コンプエース』隔月発売時だった頃の分を読みました(汗)。 実はアニメを見るまでホントにこのマンガを(連載誌を買ってたにも拘らず)ノーチェックだったんですよ(肩身が狭い)。
しかしなんでスルーしてたんだろうかと今更ながら思ってますね…… (色々と雑誌を買っても消化し切れてないからかも)。
◇原典である大槻ケンジさんの『新興宗教オモイデ教』をやっと読了。
刊行時は先駆的だったのかもしれませんが、 もうかなり昔の作品であるためにライトノベル系ではどこかで見たことのあるような要素が組み込まれているという感想しかなかったかも。
確かにこの1冊で『オモイデ教』に関する出来事は全て片付いてはいるのですが、 やや自主性のない主人公の少年が、ちょっとした非日常に触れてしまい、 やや自主性のないままに関わっていくと、なんか導かれるままに過ごしているという感がありました。
ただ最後には決断はするのですけど、それはしかしながら非日常との決別、日常への回帰でしかない。
とはいっても読後感に何か引っかかるのは、 日常に帰ってきたといっても『オモイデ教』と関わったという事実があることで、 消せないオモイデとなってしまったからなのかもしれない。
それに特殊な力である「メグマ波」は主人公の手元に残っているし、 メグマ使いを管理しようとする対抗組織「桜の光」も存在している (更にはその影のスポンサーである政治家を謀殺してしまった)事からいつ追っ手が着てもおかしくない状況、 そして一連の出来事の多くで一緒に行動した「中間」が遠くで健在らしい事も、 この1冊だけでは「オモイデ教の事件」はまだ終わっていないと感じさせてしまいます。
『外伝』は『原典』の後のエピソードと位置づけられますが、 オモイデ教よりもその対立組織「桜の光」が深く関わっていますね。 特に幾人かの人物が両作品に顔を出してます。 改めて『外伝』を読むことで両作品がどう結びついているかもう少し見えてくるかもしれません。
(この作品の多方面への影響というのは、恐らくは主人公の内面についてなのかもしれないけど、 その内面性については古い作品という新鮮味の無さが祟ってしまい、 いくつかある事例のひとつというように特段な印象は感じませんでした)
また大槻ケンヂさんがミュージシャンでもある事から、 電気グルーヴの二人が静岡でインディーズ活動していた時みたいなハチャ目茶なロックという要素が 中間とゾンという人物によって再現されているというような部分も見て取れますね。
ともかく『原典』を読んだので、改めて『外伝』を読めばもう少し何か見えてきそうな気がします。
(6/11 2:15)
※「桜月常逸」「Z」など、『外伝』を読んだ時に『原典』でも登場していそうな人物は見受けてましたが、 次に『原典』を読んでみると「オモイデ教」が 『外伝』における「桜の光」のような官僚組織的な組織に成り下がっていた事などの他は、 「ゾン」「拝み屋ジョー」という人物が2作品のミッシングリンクかと思ってました。
しかし再度『外伝』を手にとって見たら、 ひらがなか漢字かでどうも記号的にしか見てなかったらしく、 同一なのに別々にとある人物を見ていたことに気付き、 「何で今頃やっとこんな重要なものがorz」と自分の読解力の劣化振りに失意してしまいました(汗)。
また『原典』での主人公のその後も『外伝』で少し触れられてたんですね(滝汗)。
そんな感じなので、2度目の『外伝』ではもう少し丁寧に意味合いを読み取るようにしないと、 何も気付かないままにまた読み終えてしまいそうですね……。
(6/11 23:10 『原典』を読んだ事で『雫』の影響下からは抜け出せたと思います)
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