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2011年4月17日 (日)

広島・五日市に残る「EF58 36」と「クモハ73383」


※いつの間にか表ページが97万アクセス突破してましたが特段に何も用意してないですorz
 というか気付けば『まどか』第10話関連書いてから半月以上何も記事を書いてなかったという。 特別大きな事が久しくなかった訳ですが。

 しかし……せっかくの春なのに何もしないというのも勿体無かったんで、 2月に判明した件の実地調査に行って見ました。

《広島駅》

◆震災による部品不足に伴う便数削減が数日で回避されたとの事で、 いつでも乗れるかなと安心して改札に辿り着いたら、ちょうど下り電車が出てしまった(汗)。次の便まで20分だ……。

 それまで来る列車を撮影してみました。


下りの貨物列車


上りの貨物列車


可部線の電車と到着したばかりの呉線からの電車

◆下りの貨物と呉線の下り便が重なって、山陽線の下りの便に間が空いたようでした。 そしてやっと山陽線の下り列車が到着。まぁ、いつもの古い電車なんですが。

(運転手は女の子でした)
下り列車

 乗車した115系電車ですが、下車した後に気付いたけど、 4両編成中3両は集中型だったのに対して先頭車両だけ分散式冷房装置が屋根に置かれてましたね。

◆ここから「横川」「西広島」「新井口」と通過して広島市佐伯区の「五日市」駅に向かいます。

《五日市駅》

広電の五日市駅より撮影

◆橋上駅舎の五日市駅は国道に面する南口と内陸側の近郊団地に向かうバスの集る北口に出口が分かれてますが、 自分の乗るバスは南口からの出発……2分前にバスが出た後だった(汗)。

 ちょっとだけ周囲を散策してみた。

五日市駅南口




広電五日市駅のホームと3900型電車

◆JRの駅と併設して南口側に広電の宮島線の駅もあります。ちょっとそのホームに行ってみました。 手前のホームは路面電車に合わせてかなり低く出来てますが、 その向こうは高めになってます。これはかつて高床型電車がここを走っていた名残です。

◆ほぼ30分おきに出る広島電鉄の「東観音台団地線」バスがやっと到着。 向かうは佐伯区の内陸を横断する西広島バイパスの手前の「広島工大 上」バス停です。
 国道2号線に沿って広電の楽々園駅前を過ぎると海老橋から岡ノ下川に沿って北上、 広電宮島線と山陽線の踏切を越えていきます(踏切が連続するだけでなく交通量も多いのでちょっと渋滞しやすいかも)。 途中から脇の狭い路地に入り急勾配を登って暫く進むと、目的のバス停に到着です。

 そこから少し登り道を進むと……ついに「EF58 36」と可部線電車「クモハ73383」の置かれている敷地の前に。

(ツイッターの写真向けにサイズを落としたのしか残ってなかった)

 子供の頃(もう20年ぐらい前かも)に母上に連れられてバスで通って以来ですが、目の前に降り立ったのは実は今回が初めてです。 母上の記憶の通り、かつてこの敷地には鉄道模型店があったようで隣接する建物にはその看板も見えます。  とりあえず何処までが私有地敷地か判別できないので深入りしないように近づいて撮影してみました。
《EF58 36》


ウィキペディアによると、 EF58ではたった2両しかない「7窓機」の内の1両という結構レアなタイプだったみたいです。
 更に特徴的なのは耐寒設備という前面窓の「ひさし」。 広島でのEF58でも違う形状のひさしが日除けとして取り付けられていたそうですが、その関連とは不明。

 戦後復興期に製造中断を経て改造を受けた上で1951年に完成という辺りにも複雑な歴史を感じさせます。 1986年1月に廃車との事。



(側面 現役時には7窓が並んでいたとの事)

(切断面より内部を)

(先台車)

(主台車)


(先台車を正面より)

◆何よりも印象的だったのは機関車の後に桜が立っていた事でしょうか。 もう少し早ければ見頃だったと思うだけにちょっと時期を逃してしまって残念です。

 機器が抜かれた感じの車内や台車などかなり錆びついてますが、 大型の車体とそれを支える台車の存在感には力強さを感じさせますね。先台車のポールが大変特徴的です。
 台車についてはどう見立てればいいのかよく分からないので申し訳ないんだけど、 中間の主台車については他のネット上にある別のEF58の台車と微妙に形状が違う感じなので、 その違いも製造時期による特徴となっているのかもしれない?

《クモハ73383》


ウィキペディアによると72系電車の原型では唯一の保存とのこと

 この72系電車とは、1944年から製作された電車の改良型(桜木町電車事故を受けての改善) や戦後に製作されたタイプを含む大まかな呼称だそうです。

◆今回改めて調べてみると新たな発見があって更に驚いている次第です(苦笑)。
 というのも、この電車、元は72系ではなく63系という戦時設計の電車が体質改善改造された電車だった事が分かったのです。 元は東急車輛製造「63811」(ウィキペディア「国鉄72系電車/番号新旧対照」より)。 桜木町事件で粗悪電車と見做された事から車両の形式から番号まで変更された車両だったのです。

「旧形国電の記録」というサイトの「73系⇒クモハ73形(001~403)車両リストのページ」昭和50年の現役当時の白黒写真があります。

◆またこの「クモハ73383(モハ63811)」は可部線での活躍ののち1984年に廃車となっており、 それはウチが子供の頃に見た時期から少し前にあたるという事も分かりました。

※この電車だけは、すぐそばを通る西広島バイパスの下り車線(海側)からもチラッと目にする事が出来るんじゃないでしょうか。





 車内まで除こうとすると建物の敷地に完全に入り込む為、手前までに接近を留めてます。 可部線での活動末期には三滝の太田川放水路鉄橋や横川駅にかつてあった電車の留置場に多く見られたこのウグイス色にオレンジ色というカラーリングは、 かなり昔であっても未だに強く印象に残ってますが、このようにツタに覆われたりかなり朽ちたりしているものの、 その色彩の特徴はそれなりに残されてます。


◆という事で2車両を見てきましたが……撮影を終える直前に五日市駅方面に戻るバスが通過してしまいまして(汗)。 次がだいたい30分後……。このバスルートだと道幅が狭いから、仕方なく、すぐそばを通る西広島バイパスに沿ってふもとのバスが多そうな幹線道路に下りました。 まぁ歩けない距離ではないけどそこそこ遠かったかもしれません。

 五日市駅北口行きのバスで戻り、今度は広電五日市駅より路面電車で広島市内中心部に。 今回は写真撮ってないけど広電西広島駅は路面電車の市内線ターミナルの一つとしてかなり整備されてましたので、 機会を見てまた来て見たいかもしれないですね。


◆元々は2ヶ月前にウィキペディア先生の所を見てたら「クモハ73383」の前面が五日市で保存されているとの記事を見つけたのでグーグルマップのストリートビューで見にいってみた事から、 時間見て実地してみたいと思っていた案件だったのですが、実際に訪れてみてじっくりと見ただけでなく、 こうして色々と調べるに辺り、初めて知るような事実を目にすることとなり、 思った以上に愛着と結果の実りを得られる訪問だったです。

◆現地は基本的に住宅街の一角でもあり、周囲には狭い車線しかありません。その上、 都市部でも走っているような一般的なバスが通る広電バスの路線でもある為、自動車での訪問はちょっと厳しいような気がします。  その路線バスですが、便数こそデイタイムでほぼ30分おきとやや少ないものの、 始発する駅からの距離もそう遠くは感じなかったし、便数の合間でもそこそこ時間を取れますので、 訪れる手段としては悪くないかなと思いますね。  ちなみにすぐそばを走る西広島バイパスに4~500メートル進むと「坪井」バス停がバイパスにありますので、 広島市中心部(バスセンター)から広電「四季が丘団地線」か「阿品台線」でアクセスするという手もあります。
 そのバイパスに沿って「波出石」まで下れば、バス路線が通り、スーパーや食事処も集っているエリアに辿り着けます。


◆現状でもかなり朽ちてきているので、出来れば何らかの形で保存状況の改善を願いたいですが、 個人的には記憶の場でもあったことから今の位置であって欲しいかなとも思ってます。

 以上、4月15日に行ってきたレポでした。


(関連)
南蟹屋の旧国道を跨いでいた鉄橋の土台(08年3月)
ほぼ消失した南蟹屋の「宇品線」遺構(09年2月)
 広島市南区南蟹屋にかつてあった宇品線の遺構

イオンモール広島府中ソレイユの「C11 189」(09年9月)
広島新幹線運転所・引込み線構造物と芸備線キハ40(09年9月)
500系新幹線 広島駅新幹線ホーム(09年9月)
旧広島新幹線運転所・矢賀駅・三滝駅・横川駅(09年10月)

グーグルのストリートビューが広島市内も対象に(09年12月)
 マニ50

広島駅での主な通勤電車のカラーリング(10年4月)

TMさんと広島市内観光2010春(10年5月)
 愛宕跨線橋(保存)・広島新幹線運転所 引込み線構造物・
 新幹線 岩鼻PCトラス鉄道橋りょう・マニ50など
五日市・西広島バイパスの可部線電車ってまだ残ってる?(11年2月)

(2011年4月17日 15:55 )



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